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人間について真面目に考えてみるブログです。

コロナ禍とさえ隔絶された孤独

今週のお題「2020年上半期」

 

 テレビをつければwithコロナだとかコロナ以後だとか騒いでいて、ほうほうと思う。今日のクレヨンしんちゃん(昨日?)なんかもテレワークが題材になっていて、ここ最近では一番面白かった。

 

 ただ、正直に言えば、どこか冷めている自分がいる。

 

 というのは、以前と以後とで私の生活は、根本のところではほとんど何も変わっていないのだった。図らずも私は、たとえば不況の煽りを受けない人たちのように、ウイルスに影響されない勝ち組になった訳だが、名ばかりの雇われ店長、ないし管理職のようで、相変わらず経済的には苦しいし、明日の未来は不安であるし、人との繋がりも希薄で、私を悩ますこれらの苦悩とコロナとのあいだに因果関係は全くといっていいほどない。

 

 未来の教科書にはきっと、人々は非日常のなかで日常を迫られたとか、人々は新しい生活様式を迫られたとか、人々はウイルスに負けない社会づくりを迫られたとか、そんな風なことが書かれるのだろうけど、私は絶対にその人々のうちに含まれてはいないし、要するに私は決して勝ち組などではなくて、単に歴史から零れ落ちたに過ぎないのだった。

 

 強いてこの歴史にしがみつこうとするなら、私の弱い意思がずっと先延ばしにしていたジムでのトレーニングが、今では私に原因があって通えないのではなく、コロナのせいで通えないのだ、という確かな障害がもたらされたことだろうか。

 

 もしコロナがなければ、今ごろ私は絶対にムキムキマッチョになっていたはずである。

 

今週のお題「2020年上半期」